メディアリテラシーを発揮してください

 http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060110/1136888398をまずはお読みください。このエントリについていくつか指摘していきます。

真に「客観的」な報道は不可能

 おそらくid:kibashiri氏はよく分かっていると思われる*1が、コメント欄にて

金太郎 『本来は単なる情報屋なはずなんですがね…。
朝日新聞はこんなこと言ってますよね。
「新聞メディアは時代とともに歩みながら、国民が自ら考え、判断する座標軸を、整理された情報をもとに、適切に示していく責務を担っています。」
http://www.asahi.com/shimbun/honsya/j/goaisatu.html
つまり、
「読者が判断しやすいように情報を客観的に整理して提示する。」
のではなく
「自分達が情報から判断した結果(主張)を提示する」
ということなんでしょうかね。』

というコメントがあったので、指摘しておくことにする。

 真に客観的な報道は不可能である。たとえその報道内容がある事件や話題における事実の羅列であったとしても、それはすでに「客観的な報道」ではない。なぜなら、その事件や話題を記事として取り上げるというところに主観が入ってしまうからである。

 なぜその事件・話題を記事として取り上げたのか。それには「重要だから」とか「世間の関心を集めそうだから」といった理由があると思うけれど、この判断をするのは最終的には人である。人が選ぶ限りそこにその人の主観はどうしても入ってしまう。では機械にやらせれば解決するかというとそういう問題でもなくて、機械を作るのは人であるから、設計・運用などで必ずバイアスはかかってしまうだろう。数値化も非常に難しいし。

 だからこそ、新聞というのは、「真に客観的な報道は不可能である」ということを常に自覚しながら記事を書き続けなくてはならない朝日新聞がそこまで考えているかどうかは別にしても、もし「読者が判断しやすいように情報を客観的に整理して提示する。」と軽々しく述べるような新聞があったなら、非常にキモチワルイことだと思う。もしよく知らない新聞社(全国紙でないローカルの大手とか)を参考にしなければならなくなった際に、新聞社のポリシーとしてそんなことが書いてあったら、私がその新聞社を信用する度合いは確実に低下するだろう。

 では、別の話題に移ろう。

この記事は「時事報道記事」ではない

 id:kibashiri氏はこの記事を「時事報道記事」として認識している――正しく表現すれば、「時事報道記事」であると書いている。

 どうしてもメディア側の主張を読者に伝えたいならば、このような時事報道記事ではなく、コラムや社説欄を利用すべきではないでしょうか。
 メディアは、読者に事実とメディアの主張を混在させて伝えるべきではないと指摘しておきたいです。

 おそらくこの文脈で「時事報道記事」というのは、事実のみを伝えるための記事ということだろう。ところが、コメント欄でid:tomozo3氏が以下のように指摘している。

tomozo3 『あの記事は日中関係の特集の中の中間総括なんじゃないでしょうか?
わざわざ「日中関係をめぐる最近の動きという」図表まで載せている意味はどうお考えですか?』

 実際のところはどうなのか。まず産経新聞の記事(産経ニュース)本体を見ると、どうやら共同通信が流した内容をそのまま掲載しているようである。ところが、朝日新聞の記事(http://www.asahi.com/politics/update/0109/003.html)にはそういった表記はない。そして朝日新聞の政治記事一覧(http://www.asahi.com/politics/government.html)を見ると、該当記事に特集マークがついている。その特集マークをクリックすると、日中関係の特集ページ(asahi.com:朝日新聞 日中関係 - ニュース特集)に行ける。さらに、10日21時ころに、この件に関する中国側の定例会見における公式的な見解(会談は非公式のものであった)が、id:kibashiri氏の望むような形でアップされている(http://www.asahi.com/special/050410/TKY200601100354.html)。

 さて、問題となっている朝日新聞の記事ははたして単なる時事報道であった――朝日新聞は単なる時事報道のつもりだった――のだろうか? いや、これは特集のうちの総括に当たる記事であると少なくとも私は判断する*2。そうすると、id:kibashiri氏が「メディアは、読者に事実とメディアの主張を混在させて伝えるべきではないと指摘してお」くための引き合いとしてこの記事を用いるのは不適切であると思う。

さあ今こそメディアリテラシーの力を発揮するとき

 つまり、ソースや周囲の状況も確認せずに情報を鵜呑みにしてしまうと、こんなコメントをしてしまうわけである。

TEPO 『 鋭いです。エントリーの主張に全面的に同感です。確かにこの朝日記事は、記事なのか解説なのか主張なのかぐちゃぐちゃですね。ひどすぎる。(以下略、強調は筆者による)』

この記事は特集における総括に当たるような記事――朝日新聞が特に重要だと判断した記事――だから、新聞の主張が入っていてもおかしくないと思う。同様に、

 それとは別にしかし、朝日記事に関しては、誰が読んでも余分な解説やコメントが恣意的に記事に付加されている、という物理的事実は指摘できるのです。

 解説とコメントが多すぎて親切すぎて、露骨に自分たちの主張に読者を誘導し過ぎなのです。

 上記朝日記事はまさに発言の強引な付け足しによる記事構成の見本のようなものであります。

という指摘も的外れではないだろうか*3

 さらに突っ込むと、これは私の推測に過ぎないが、この記事が朝日新聞だったのもまたエントリを読む読者の目を曇らせてしまったのだと思う。朝日新聞といえばアカヒとか揶揄されて、日本で言う左翼の、主張の強い、結構強引な新聞として認識されている部分がある。今回はそれがレッテル・バイアスとして働いてしまったのではないか。もちろんそういうバイアスができてしまう原因は朝日新聞にも大いにある*4が、だからといって「朝日だから」で判断してしまうのはそれこそメディアリテラシーが発揮できていないのではないかと思う。

 もしid:kibashiri氏が、この記事が単なる時事報道はなく特集の総括に当たるような記事であると認識した上でこのようなエントリを書いたのだとしたら、朝日新聞に対する悪意を感じてしまうなあ、なんて邪推もしてしまった。以下のまとめが、皮肉的に響いたのである。

 もちろん朝日だけではないのですが、メディア側が読者を見下して恣意的に読者をメディアの主張に導くような報道テクニックは、厳に慎むべきなのでしょう。

*1:エントリの前半の説明部分を読む限りそう感じた。

*2:むしろ公式的な見解となってから時事報道としてあげる朝日に好意を感じる。産経のほうには出ていないし。

*3:ただ、フォローしておくと、エントリを投稿した時間が19時で、21時に出た記事が出る前に書いたということだから、この記事がこの件に関するすべての報道だと思ってしまったのでしょう。

*4:捏造事件とかね。